表紙

これまで視察した「アメリカ」「カナダ」「オーストラリア」「韓国」の知的障碍者を対象とした高等教育保障の現状について報告書をまとめました。(画像をクリックすると報告書が開きます。)

130ページにわたる報告書の最後に私は、今の率直な思いを「おわりに」に以下のように記載しました。

政治や教育、福祉に携わる方々に是非ご理解いただければと願っています。


 2012年春、鞍手ゆたか福祉会が最初に開設した福祉型大学「カレッジ福岡」がスタートして4年8ヶ月が経過した。日本にはどこにもない知的障碍者のための大学を作り、知的障碍を持つ青年たちにも学びの機会を保障しよう。そんな思いでスタートしたこの事業も時を重ねる中で、通ってくる学生たちの日々の成長、輝き、笑顔は、彼らに関わる私たちに対し、とてつもない驚きと感動を与えてくれる。

 これは、日本の特別支援学校高等部を卒業する多くの人たちの進路先となっている福祉作業所とは明らかに異なる。最大の違いは、成長の度合いとスピードである。その差を歴然と感じたとき、福祉作業所の存在は、「罪」であるとさえ思えるようになった。人は誰しも学ぶ権利がある。社会は学びたい、成長したいという気持ちを持つ人に対し、その機会を提供する義務がある。そのような機会を保障されていない知的障碍者たちは、その権利を剥奪されていることに他ならない。

 私が青年期の学びを「贅沢」と考えるのではなく、当然の「権利」と考えるに至った背景には、私たちが視察してきた国々の実践の存在がある。障害者権利条約のもとで世界は、着実にかつあらゆる場面で「障碍者の権利保障」を進めている。それは大学においても例外ではない。

 とはいえ、この分野は、世界的にみても黎明期であり緒に就いたばかりである。したがって、知的障碍者の大学教育は、どの国のどの大学も現段階では試行錯誤の連続であり、確固としたシステムは完全には確立されていない。

 私たちは、それぞれの視察先で、私たちの実践について意見や感想を求めたいため、ゆたかカレッジの概要や実践内容についてのプレゼンテーションの機会をいただいている。私たちは、ゆたかカレッジのプレゼンに対して、各国関係者がお世辞ではなく本気で称賛してくれている機会を何度も体験した。とりわけ、支援教育プログラムの中で生活スキルの獲得を大切にしていること、スポーツ・文化芸術・行事・余暇活動など、学生たちの日々のQOL(生活の質)を高めるプログラムが豊富に用意されていること、生活技能科を開設し、障碍の重い人たちにも学びの機会を提供していることなどは、海外の視察先の大学ではほとんどみられない内容であり、驚きと共に「私たちもゆたかカレッジの実践から学びたい」という声が多くの人から聞かれている。そこには、ゆたかカレッジが、福祉の視点、すなわち当事者目線での必要性からスタートしたことが背景にあると考えられる。本来、教育もそのような立場にたってカリキュラムなどを構築していくべきであるが、実際には、様々な規制や自由度の狭さからそれが難しい現状があるのではないだろうか。だからこそ、純粋に、知的障碍学生にとって必要な学びとは何かを考えカリキュラムを構築しているゆたかカレッジにうらやましさや魅力を感じたのだと思う。

 私たち視察団は、海外視察を通してゆたかカレッジが向かっている方向や指向している価値は間違っていないという確信を持つことができた。

 それとともに、諸外国の大学関係者が知的障碍者の教育を受ける権利、彼らの成長の機会を提供する権利を保障することを、大学人として、自らの使命として真摯にかつ極めて重要なテーマとして受け止め、一歩ずつ着実に前進していることを知るにつけ、我が祖国日本を顧みたとき、このことに対して前向きに取り組んでいる大学が、現段階においては私の知る限りでは皆無であることが非常に残念でならない。

 日本の大学が、国民全体の教育ニーズに応える社会的責務があることを自覚し、知的障碍者に対し高等教育の門戸を開くべく努力をしていただきたいと切に願っている。

 また、国並びに文部科学省は、各大学のそのような取り組みを後押しする政策を積極的に進めていただきたい。そのことを通じて、日本が障碍者の権利保障の分野で、インクルーシブ教育の分野で、さらには大学の社会的役割の分野で、世界のリーダーとなり世界の牽引役となることを願っている。


 最後に、大変ご多忙の中、私たちの視察を快く受け入れて下さり、多くのことを学ぶ機会を提供して下さった視察先の大学関係者の皆様、また視察をコーディネートして下さった外務省、国会議員の皆様はじめたくさんの協力者の皆様、さらに海外視察研修は法人の予算からは支出できないため、趣旨に賛同して多額の寄付をしてくださった企業様、並びに海外研修のための助成金を採択して下さった公益財団法人木口福祉財団様に心より御礼申し上げます。

 皆様のご支援を胸に、今後も日本における知的障碍者の高等教育保障の前進、実現を目指して、当法人職員一丸となって頑張って参る所存ですので、今後も引き続き、ご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。

     2016年11月20日

                               社会福祉法人鞍手ゆたか福祉会
                               海外知的障碍者高等教育研究班
                                 代表  理事長 長谷川正人